snow snow Valentine


ザク、ザク、ザク。
少し、固まった雪を踏みしめながら
山道を登ってくる男がいた。

小高い丘の上に作られた小さな東屋。
雪模様のこんな日は、誰も訪れる者はいない。

雪囲いで、少し見通しが悪くなったその場所に
据え付けられていたベンチとテーブルを一瞥すると、
身体を投げ出すようにテーブルの上に腰を下ろす。

確かに、その方が遠くを見渡せる。

眼下に、島の海岸線が広がる。
灰色の海には、白い波頭が浮かんでは消える。
街には明かりが灯り始め、港には大きな船も停泊している。


男は、しばらく腕を組んで景色を眺めていたが
そのうち、静かに目を閉じた。


******


「そんなところで寝てると、風邪をひきますよ。」

やわらかな響きの声で、ふと目を開けると
白いコートを着た女が目の前に立っている。


「あぁ、寝ちまったか。」

首をぐるりと廻すと、もう一度、目の前の女をよく見つめた。

また降り始めたのか、女の頭にはうっすらと雪が積っている。
その後ろに、目をやれば、大きなボタ雪が音もなく、振り続けている。
道のわきの藪は、積もった雪の重みで大きくしなっている。
遠くの海は、もう霞んで見えなくなっていた。


「また、降ってきたのか。」

「はい。一時間ほど前から。」

立ったまま、男の様子をうかがう女。
少し、怪訝そうに尋ねる。

「待ってたんですか?」


「・・・いや。」
男は、じっと見つめ返すと、すっと目をそらして答える。

「景色を見に来ただけだ。」

「そうですか。」
少し微笑む。

「お前こそ、探してたんだろ。」
下からすくいあげるような視線が、女の輪郭をなぞる。


その視線から逃げるように
背中をむける女。

「いいえ、私も景色を見に来ただけです。」

「そりゃ、生憎だな。曇って何にも見えねぇ。」
くくと笑うと、男が手を伸ばす。

腕を引っ張られ、バランスを崩した女が、後ろへと下がる。
「あっ。」

腰と肩に腕をまわし、身体を密着させるように抱きすくめる。

「なにするんですか・・・」

「ん。」

咎めるように、男の手の甲に、自分の手を置くと
すぐに、上から男の手のひらが重なる。

「こんなに、冷たくなって・・・風邪ひくぞ。」

冷え切った指先が、男の手のぬくもりで
じんわりと熱くなる。


「こんな所で、寝ちゃうよりましです!」

この男を探して歩きまわったことを、見透かされ
女は、うろたえる。

よかった。背中をむけていて。
赤くなった顔を見られなくてすむ。

「あぁ、起こしてくれて助かった。」
背中ごしに伝わる息遣い。

女は、ふっと息をつくと、背中の温もりに身体を預ける。
廻された手に、ぎゅっと力がこもるのを感じた。


その心地よさに、そっと目を閉じた。



*****


「くしゅん!」

小さなくしゃみに、ゾロはハッとする。

いけねぇ。

「ほんとに風邪ひいちまう。行くぞ。」

「は、はい。」

たしぎを支えるように立ち上がると
後ろから包み込むように肩を抱く。

気がつけば、雪は止み、宵闇の空に
明るい三日月が顔を出していた。

降り積もった雪に月明かりが反射して
辺りはほんのりと明るい。


降ったばかりの雪は、ふわりと足を包みこみ
音も飲み込んでしまう。

二人の息遣いだけが夜道に響く。


「今日は、なんの日か知ってますか?」

「・・・いや。」


「バレンタインディ・・・その・・・チョコレートを
 あげたりする日なんですけど。」
たしぎが、少し照れくさそうに告げる。
だいぶ省略した説明だ。

「ふうん・・・」

「ロ、ロロノアはチョコなんて、食べませんよね。」

気のない返事に、あわててごまかした。
すぐそばの、ゾロの顔をまともに見れないでいる。

「これか?そのチョコって?」
いつのまにか、肩から降りてきたゾロの手が、
たしぎのコートのポケットの膨らみをポンと叩く。

「えっ?あ・・・はい。」
頷くように、たしぎが下を向く。
ゾロに気づかれて、顔が赤くなるのがわかった。


「じゃあ、これをツマミに雪見酒といくか。」

「え?」

「ゆっくり風呂にでも浸かりながらな。」

「って、どこに行くんですか?」

「温泉!露天風呂だな。」

思わず雪道に足を取られそうにならたしぎを
支えながらゾロはどんどん歩を進める。

「来る途中にあっただろ。温泉宿。」

確かに、湯けむりが所々に上がっているこの島は
温泉があるとは知っていたが、そんな所に行くとは、
たしぎには考えもしなかった。


「待ってたんだよ。お前が来るのを。」

上機嫌なゾロに、思わず顔が優しくなる。

「景色見に来ただけって、言ってたじゃないですか。」

「あぁ、お前のいる景色だ。」



ぽうっと顔が熱くなるのを感じながら
熱い温泉につかるのも、悪くないとたしぎは思い始める。

道の先に、暖かそうな街灯の明かりが見えてきた。


空から落ちてきた雪が、二つの影を覆い隠すように
積もり始めた。



〈完〉



この後は、温泉でしっぽりと・・・(笑)